US古着Tシャツを毎月1枚、あなたのご自宅までお届け!楽しんでリサイクルしちゃいましょう!ケータイサイトはこちら

 



 

■ re-Tshirtsってなに?

「re-Tshirts」のコンセプトは「古着で楽しくリサイクル!」です。

毎月わずか525円(*1)でUS古着Tシャツを、毎月ご自宅までお届けします。

古着好きなあなたはもちろん、古着には興味はないけれど、

衣料品リサイクルを通じてエコロジーを体験してみたいあなたにぴったりです。

さあ、US古着Tシャツで、あなたのエコの扉を開いてみませんか?
*1 3ヶ月ごとのお申し込みになります。
■ US古着Tシャツってそもそも、なに?

US古着Tシャツはその名の通り、アメリカのユーズドTシャツです。

大学の名前の入ったカレッジTシャツや、キャラクター、デザインものなどのTシャツがメインです。

着古したTシャツの風合いが、あなたのオシャレライフをもっと楽しくしてくれるはず!
■ ちょっと色々聞きたいんだけど。

サイズとか大丈夫かな?

どんなTシャツが送られてくるの?

どうやって申し込めばいいのかな?

ちょっとでも疑問があれば、「お問い合わせ」からご質問ください。

■ さっそく申し込みたいんだけど!


面倒なユーザー登録などの手続きはありません。

こちらからお申し込み下さい。


■ 店長日記

(2009.7.3[Fri])  詩と演劇
Tシャツに関する文章を、ということでご指名を頂いたこのブログであるが、テーマを決めたものづくしというのはなかなか難しい。硬直化してくる。

だから自然とテーマから外れた文章がそろそろ多くなってくる頃である。そういう算段だ。

部屋で一人唸りながらネタを探している。本をぱらぱらめくったりネットから情報を渉猟したりする。そういう時にやるのが一見無関係なものをテーマに絡めるという方法だ。

発想法というのは古来からの耳目を引く話題であり、KJ法なんていう懐かしいものから、最近では「ブレインストーミング」なんていうカタカナ表記の発想法もある。これらは「考えることを考える」というメタ思考であるわけで、相当苦労してひねくりだした方法だろうと思う。或いは今までの経験則をまとめ、精緻化したものだろう。発想法はいわば環境の整備であるのは言うまでもない。

部屋で唸りながら考えた「無関係に思えるもの同士の衝突」という方法は、そういう発想法の原始的なパターンのひとつだろうと思う。でもこういう発想でうまい考えが浮かぶことはまれで、良いときというのは自然に見える形で論旨がつながっていくものだ。「あれとこれはどうだろう」というようなあからさまな形の思考がうまく運ぶことはほとんどない。

詩的なイメージの衝突というのはあって、その詩の分野では無関係な概念や観念の衝突が、時として華やかな効果を生む。比喩はその代表的方法で、何も詩に限らず商品名とか地名などでも、きれいなイメージの乱反射が働いていることは多い。だからこれは「詩的発想法」といえるだろう。

俺が今日考えたのは「もしあの人がTシャツを着ていたら」という、コントでいうところの「もしもシリーズ」というやつだ。ギリシャの哲人やキリストや仏陀などの宗教家、或いは日本の武将たちがTシャツ姿だったらと考えてみた。

その具体的な例は莫迦莫迦しいので措くが、こういう「Tシャツもしもシリーズ」で重要なのはTシャツに描かれたメッセージである。最近はちょっとそういうことばギャグTシャツが多すぎるような気もするが、デザインも含めてTシャツが諧謔の精神の発露となりうるのは確かだろう。

古典のリバイバル公演などで、時代背景を全く無視した演出がなされることがある。「現代劇風にアレンジした……」というのはそういう演劇を紹介するときの常套句だ。「古典」に埃のように積もってしまった歴史性を除去するという解放の意味があるのは明らかだが、一方で歴史性によって暗黙に前提されるさまざまな説明を取り払うという意味もある。

たまに古典作品の登場人物について「何でこんなつまらない行動を」と怒っている人がいて、そういう意見に対しては当時の時代背景とか制度のありかたとかを説明すれば「ならしょうがない」てな具合になる場合も多いのだが、歴史性を除去した演出法というのはその一見不器用な感想にも、時代背景等の説明に逃げずに丁寧に答えねばならない責任が発生するということを意味している。そして演劇にはそういう責任が多かれ少なかれ生じる表現方法だ。

古今東西の有名人にTシャツを着せる、というアイデアはあまり新奇なものではないけれども、しかし無関係な概念の衝突という詩的方法で、歴史性の捨象と補完という演劇的方法を思いついた、そして自覚したというところに何らかの新しさは感じないだろうか。感じないか。

以前の日記